寿老神をお祀りしている石浜神社は、聖武天皇神亀元(724)年9月、勅願によって当地に鎮守され、源頼朝が藤原泰衡征討の折、当社に祈願して「神風や 伊勢の内外の大神を 武蔵野のここに 宮古川かな」と詠み、大勝の目的を果たしたので後日、社殿を造営寄進し、神恩に報いました。
建久・正治(1190~1200)のころ、千葉氏、宇都宮氏の尊崇が篤く、また関八州の庶民が伊勢参宮にかえて当社に詣で、おはらいを受けました。 当地は東に隅田川、西に富士、北に筑波を遠望する清浄な地で神域にふさわしく、隅田河畔の名所として江戸庶民の信仰厚く、隆昌をみたので「隅田名勝八景」「江戸名所図会」「東都歳時記」などにとりあげられております。 明治5年に郷社に定められました。白ひげ西地区再開発事業により昭和63年9月に現在地に遷座しました。
境内には真先稲荷、招来(おいで)稲荷、江戸、北野、妙義八幡、粟島水神、大工祖神あらかの摂末社、それに富士遥拝所があり、亀田鵬斎の隅田川詩碑、「伊勢物語」の都鳥の碑などもあり、また石浜鳥居は独特なものです。
特定はできませんが、当地は石浜城があったところといわれ注目を集めています。
伊勢の大神様をお祀りしていることから、朝日神明宮とも言われています。
石浜神社の寿老神像 |